ライフスタイル

北欧現地便り

ヘルシンキ・デザインウィーク2014

話題の元・ 畜殺場が舞台となったヘルシンキ・デザインウィーク2014

2005年に始まり、いまや初秋のヘルシンキの恒例イベントになったヘルシンキ・デザインウィーク(Helsinki Design Week)。10日あまりの開催期間中、市内のあちこちで「デザイン」を軸にした大小さまざまの多彩なイベントや展示会などが催され、その多くには無料で気軽に足を運ぶことができます。

ヘルシンキ市民はもちろん国内外のデザイン通たちが、フィンランドの首都でお披露目されるデザイン市場のフロントラインに毎年期待を寄せるのですが、とくに今年は10周年ということで、関連イベント数も過去最多の150以上に!

毎年恒例の2大看板イベント、国内デザインブランドのアウトレットバザーであるデザイン・マーケット(Design Market)と、国内最前線デザインの見本市ハビタレ(Habitare)が例年以上に盛り上がったのは言うまでもありませんが、さらに連日、実に自由でバラエティ豊かなイベントが、ヘルシンキ・デザインの生彩と多様さを誇示していました。

Kaapeliで今年も2日間にわたり開催された看板イベント、デザイン・マーケット。あまりの人の多さでなかなか前に進めないほどの大盛況ぶり
Kaapeliで今年も2日間にわたり開催された看板イベント、デザイン・マーケット。あまりの人の多さでなかなか前に進めないほどの大盛況ぶり
5月から現代美術館キアズマで公開されていたマリメッコデザイナーと芸術家の合同展Togetherは期間中に会期満了。キアズマはこの後半年がかりの大改修に入る
5月から現代美術館キアズマで公開されていたマリメッコデザイナーと芸術家の合同展Togetherは期間中に会期満了。キアズマはこの後半年がかりの大改修に入る

複雑な歴史をもつ建築群の、チャレンジングな再生プロジェクト

なかでも今回取り上げたいのは、第10回ヘルシンキ・デザインウィークのメイン会場のひとつに今年はじめて大抜擢された、テウラスタモという名前の一風変わった施設です。

テウラスタモ(Teurastamo)は、実は本来固有名詞ではなく、フィンランド語でとある場所を意味する言葉。なんと「畜殺場、食肉処理場」のことなのです。ヘルシンキ中心街の賑わいからやや外れた場所にあり、どちらかというと「デザイン」のイメージとは対極の少し陰気な雰囲気の漂う、古めかしいレンガ造りの建物や煙突が立ち並んだ広大な敷地。ここの建物内では1933年以降、つい20年ほど前まで、まさに市の畜殺場として豚や牛が連日屠殺され、食肉として解体され続けていました。この場所が存在しなければ我々の食卓に肉が並ぶことはないとわかっていても、勝手なもので、ついどこか血生臭く酷いイメージを抱いてしまう畜殺場という場所。おそらくその現役時代に、市民のほとんどが実際にその現場を目にしたことすらなかったでしょうけども。

テウラスタモの入口に設置されたデザインウィークのウェルカムゲート
テウラスタモの入口に設置されたデザインウィークのウェルカムゲート
古びた煙突や赤レンガ造りの建物はすべて当時のまま保存されている
古びた煙突や赤レンガ造りの建物はすべて当時のまま保存されている
現役時の畜殺場と中庭。設計者は教会建築家として知られるBertel Liljequist 写真提供:Teurastamo
現役時の畜殺場と中庭。設計者は教会建築家として知られるBertel Liljequist 写真提供:Teurastamo
テウラスタモのアーカイブに残る、食肉解体がなされていた当時のようす 写真提供:Teurastamo
テウラスタモのアーカイブに残る、食肉解体がなされていた当時のようす 写真提供:Teurastamo

食肉処理の役目を果たしたあとも、この赤レンガの建物群や周囲の景観には歴史的建造物として厳しい保存規制がかけられ、往時の姿のままでこの地に残ることになりました。とはいえ、これだけ大きくて複雑なボリュームの空間と、ちょっぴりグルーミーな歴史遺産としての価値を有していながら、 何に利用されることもなく箱モノだけが取り残されるのはあまりにもったいない。どうにかして、歴史の記憶と今日の都市生活とを結びつけるようなユニークな場所に生まれ変わらせることはできないだろうか……という情熱を持った人々が動き始め、本格的には2012年、テウラスタモは「食文化」と「市民の庭」をキーワードにした、民衆に開かれた施設としての新装オープンを果たしたのでした。

現在の敷地内では、ガラス張りのファサードに丸い時計がちょこんと設置された、古い駅舎にも見えるケッロハッリ(Kellohalli/時計会館)をメインスペースに、いくつかの建物の内部が最小限にリノベーションされています。建物そのものだけでなく、建物に染み込んだ食肉解体所としての記憶を紡いでいくために、市街ですでに名を挙げているレストランや焙煎所、精肉店などが相次いで出店し、「ヘルシンキ食文化の発信地」としての再生が始まりました。さらに、市民が穀物袋一袋分のスペースを借りて楽しめる共同家庭菜園、誰もが自己責任のもと持ち寄った食材でバーベキューをしてよいグリル小屋、元は職員用だったサウナを活用した貸し切りサウナパーティ会場などが相次いで敷地内に整備され、テウラスタモはただのフードコート商業施設ではなく、だんだんと「市民参加型」の多目的集会所のような性格を帯びてきたのです。

テウラスタモのランドマーク、ケッロハッリの前はオープンテラスでくつろぐ市民でにぎわう
テウラスタモのランドマーク、ケッロハッリの前はオープンテラスでくつろぐ市民でにぎわう
ケッロハッリ内には評判の良いレストランバーやカフェが入る。空間上部の露出した鉄骨は往時のままの姿
ケッロハッリ内には評判の良いレストランバーやカフェが入る。空間上部の露出した鉄骨は往時のままの姿
一年を通して訪問者が自由に使えるよう開放されている、中庭に設置されたグリルスペース
一年を通して訪問者が自由に使えるよう開放されている、中庭に設置されたグリルスペース
市民が小さなスペースを借りて日曜菜園を楽しめる一角
市民が小さなスペースを借りて日曜菜園を楽しめる一角

また、一度たくさんの人が訪れることができ、建物内だけでなく人々が思い思いに過ごせる屋外スペースも多いテウラスタモは、イベント会場としての可能性も大いに秘めているのは疑いありません。ウェブサイトでは、「テウラスタモの庭は、あなたの庭です」と、常に新しいイベントや利用方法のアイデアを呼びかけており、昨今は食関連以外のユニークなイベントも開かれるようになってきました。今回ヘルシンキ・デザインウィークのメイン会場に抜擢されたのも、テウラスタモならではの「市民が集い楽しむ場のデザイン」への潜在性が注目されたからではないでしょうか。

フレーバー・スタジオでは、コックの見習い生や一般市民に向けたさまざまな調理ワークショップが実施される 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
フレーバー・スタジオでは、コックの見習い生や一般市民に向けたさまざまな調理ワークショップが実施される 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
ナイトマーケットというイベントの一環で開催されたファッションショー 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
ナイトマーケットというイベントの一環で開催されたファッションショー 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
中庭の芝生でピクニックを楽しむ市民の姿も 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
中庭の芝生でピクニックを楽しむ市民の姿も 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
子どもから大人まで楽しめるアートやアクションイベントも開催 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo
子どもから大人まで楽しめるアートやアクションイベントも開催 写真提供:Maria Miklas/Teurastamo

ずいぶんと前置きが長くなりましたが…… デザインウィーク期間中、敷地内ではまず常設展として、中庭の(かつては運送車が行き交っていた)コンクリート路にそってずらりと並ぶコンテナが登場。その奥行が浅い小さなコンテナひとつひとつのなかで、気鋭のフィンランド・デザインブランドが最新のプロダクトを展示する、「ローカル・デザイン展(Lähimuoto-näyttely)」が注目を集めていました。屋外を散歩したり自転車にまたがりながらでも見て回れ、プロダクトをよりじっくり眺めたければコンテナのなかに土足で入って物色することも可能……という、これまでになく気軽で敷居の低い雰囲気のデザイン展です。参加ブランドも、コンテナというやや無機質で面積の限られた展示空間をそれぞれに趣向を凝らしてアレンジし、普段の店舗や展示会とは一風異なるディスプレイを楽しんでいる様子がうかがえました。

一面が大きく開放されたコンテナが、 通行路に面して立ち並ぶ
一面が大きく開放されたコンテナが、 通行路に面して立ち並ぶ
各展示は通行路からでも見て回れるしコンテナ内に立ち入ることもできる
各展示は通行路からでも見て回れるしコンテナ内に立ち入ることもできる
コンテナという特異空間を、各ブランドが趣向を凝らしてアレンジ
コンテナという特異空間を、各ブランドが趣向を凝らしてアレンジ
キッチンのモデルルーム仕様になったコンテナ
キッチンのモデルルーム仕様になったコンテナ
自転車やキックバイクで物珍しげに眺める子ども客が多かったのも印象的
自転車やキックバイクで物珍しげに眺める子ども客が多かったのも印象的
展示商品の一部が買えるポップアップ・ショップもひっそりと
展示商品の一部が買えるポップアップ・ショップもひっそりと

このほかに、プーステッリ・ミーヌス(Puustelli Miinus)というエコ志向キッチンデザインブランドが、ケッロハッリ内のレストランとコラボレーションして展示や特別ランチを提供していたり、お馴染みのガラスブランド、イーッタラ(Iittala)がオリジナルラウンジを設置していたりと、見どころが屋内各所にも散りばめられています。また、会期中は連日テウラスタモ内で、バラエティ豊かなワークショップやレクチャーも目白押し。インテリア・ジャーナリストが選ぶデザイン・オブ・ザ・イヤーの発表や、ファッションデザインブランドのイヴァナ・ヘルシンキ(Ivana Helsinki)が主催するファッションムービーナイト、ヘルシンキ市内交通のデザイン戦略セミナーなどが話題にあがっていました。

北欧の建築家たちが途上国で綿密な現地調査を行い、エコでコミュニケイティブな住宅などを提案したプロジェクトを紹介するパヴィリオン
北欧の建築家たちが途上国で綿密な現地調査を行い、エコでコミュニケイティブな住宅などを提案したプロジェクトを紹介するパヴィリオン
ケッロハッリのレストランではエコキッチンを推奨するブランドとの協力プロジェクトが公開され、有名シェフを招いてコンセプトランチが振る舞われた日も
ケッロハッリのレストランではエコキッチンを推奨するブランドとの協力プロジェクトが公開され、有名シェフを招いてコンセプトランチが振る舞われた日も

北欧デザインと聞くと、眺めたり手に取ったりできる日用品あるいは建築の意匠をまず思い浮かべる人が多いと思います。けれど例えばこのテウラスタモのプロジェクトのように、街の歴史ある場所や建築を、取り返しがつかなくなる破壊から守り、かつ、今を生きる市民にとってどう有益で大切な居場所に生まれ変わらせていくか……というアイデアを出しあったり、それを果敢に実行していくこともまた、デザインという領域のなせる技なのかもしれない、と思えてきます。「食」や「イベント」や「コミュニケーション」など、私たちの生活を取り巻く要素のひとつひとつについて、プロともにアイデアをしっかり練り上げて、人々を巻き込んで改善し盛り上げていくこと。その熱意と行為はすべて、私たちの生活をより豊かに活き活きとさせてくれるという意味で、「デザイン」の一端と呼べるのではないでしょうか。今回、デザインウィークを機にはじめて訪れたテウラスタモで一番強く感じたことがそれでした。

実はまだまだヘルシンキ市民のあいだでも認知度が高いとはいえないこの施設。デザインウィークの盛り上がりを受けての、今後の存在意義の拡がりが楽しみです。

テウラスタモ(Teurastamo)

HP http://www.teurastamo.com/en/(英語)
住所 Työpajankatu 2, 00580 Helsinki

※営業時間や問い合わせ先は、ウェブサイト内の各店舗情報を参照 

TEXT : こばやしあやな

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