コラム&インタビュー

現地インタビュー

在住日本人アーティストから見た、フィンランド人の暮らしとアートの柔軟な関係

フィンランドといえば、優れたデザイナーや建築家の宝庫というイメージが定着していますが、では「アート」業界についてはどうでしょう。そもそも、この国ではデザインとアートの間にはっきりと境界線があるのでしょうか?はたまたフィンランドの国民は、アートやアーティストに対してはどんな眼差しを向けているのでしょうか?……

今回は2006年よりフィンランドで美術家として暮らしている日本人のニーラネン・久富 真由実さんに、ご自身のフィンランドでの活動を紹介していただくとともに、フィンランドの暮らしとアートにまつわる素朴な疑問に現場目線で答えてもらいました。今年初めにはフィンランドの郵政局が発行する切手のデザインに自身の絵画作品が起用された、類まれなキャリアをもつ真由実さん。在住日本人アーティストの眼に、フィンランドの社会や文化はどう映っているのでしょう??

まずは、ご自身の活動遍歴やフィンランドを拠点とすることになったきっかけをお聞かせください。

2006年の春に日本の美術大学を卒業してすぐ、アーティストインレジデンス(ギャラリーや美術館などが、さまざまな分野のアーティスト一定期間現地に招聘し、住み込みで作品制作を行ってもらう制度)のシステムを使って、フィンランドの中部地方、ユヴァスキュラ市にある版画工房に約3ヶ月滞在したのがきっかけでした。その滞在中に今の夫と出会い、2008年に入籍してフィンランドに移住。今は、首都ヘルシンキから500キロ近く北上した先の中北部の街、カヤーニ(Kajaani)に暮らし、そこを拠点に活動しています。

作品は主に、フィンランド中北部のギャラリーや美術館、自主企画展などで発表しています。2014年の12月から、昔ながらの一軒家を改装した2名のアーティスト用の共同スタジオに入ることができ、現在はその一室にほぼ毎日通っています。それ以前は、暖房のない地下室で、時にマイナス20度になる日でも白い息を吐きながら制作をしていました。十分な制作スペースを確保することは不可欠なので、これまでもいろんな空きスペースを転々としてきました。

直近の活動では、フィンランド文化財団より依頼を受けて、絵画だけでなく陶芸や鉄のフック、チェーンなどで構成された「生物多様性賛歌」というタイトルのインスタレーションアートを、ソトカモ市に新しくできた体育館の入り口に設置させてもらいました。



アトリエで主に使っている画材や道具


インスタレーション作品の製作風景


2015年3月にレジデンス先で発表したインスタレーション作品”Family Tree ll ”シリーズ【撮影:サンポ・リンコネヴァ】


"Family Tree II" シリーズより、Ma'am's Adventures in Mänttärland 400x500mm/Mixed media on canvas/2015【撮影:ニーラネン・久富 真由実】

真由実さん自身が、フィンランドという風土や文化から、生き方や作品のテーマ、表現方法に受けた影響は何かありますか。

フィンランド人が得意とするように、人と物理的に距離をとることが生活の一部となりました(笑)日本を離れた直後は寂しくて泣いてばかりいたのですが、今は以前より1人でもの思いに耽るのを楽しんでいます。また、フィンランドに来てから森の楽しみ方を知ったので、日本に帰っても以前より山登りや散歩などをするようになりました。なんだか老婆の一日みたいですが……。

また、これはフィンランドだからというわけではありませんが、ここに住み始めてはじめの3年は、人に会うたびに「あなたは何処から来たの?」という質問を浴びせられ続けて、そのたびに、日本からだよと答え続けました。ここでの私の生活はあくまで日本での暮らしの延長線上にあって、私自身が大きな変化を遂げたわけでもないのに、私の存在や身体はここでは明らかに特別扱いされます。そしてだんだん私(たち)は一体何処から来たのだろうか?という問いについて深く考えるようになり、やがてその思索を出発点とした作品が、自分のひとつのスタイルとなりました。


友人の家の庭で使われなくなった古い家具を使って日曜大工中

"Family Tree II" シリーズより、”Maintained yard, passing memories, omen of collapse” 200x300mm/Mixed media on canvas/2013【撮影:ニーラネン・久富 真由実】

2015年1月にフィンランド国内で一般発売された切手に、ご自身の絵画作品が採用されましたね。このプロジェクトの経緯や感想などをお聞かせください。

このプロジェクトは、フィンランドに住む3000人以上のアーティストたちが所属するフィンランド芸術家協会の150周年記念事業の一環でした。私を含め、コンペティションで選ばれた全6名のアーティストの作品をモチーフとした切手が、フィンランド郵政局によって実際に製品化され、一般販売されたのです。

芸術というのは、世界中どこの社会においても、いつの間にかごく一部の人にだけ好まれる分野になってしまっているのは、否めません。例えば年に美術館に何度も足を運ぶ人って、日本でもフィンランドでもそんなに居ないですよね。毎日朝から晩まで働いている人にとってみれば、休日はもっと別の過ごし方をしたいと思う人も多いでしょうし、展覧会を見に行きたくても健康上や距離の問題などで気軽に足を運べない人が多いのも事実です。そういった人にも気軽に芸術に触れてもらうためには、一体どんな方法があるのだろう?という問いは常に私の頭の中にありました。

切手というのは、小さな複製芸術作品です。しかも、外に出かけられない人の手元にも郵便配達員が自宅まで届けてくれる……つまり世界中の誰にでも見てもらえるチャンスのある芸術作品です。なので、これはいい! と思って応募しました。フィンランド芸術家協会の150周年記念に、私の名前と絵が刻まれたことは、幸せなことですね。

ちなみに選ばれた作品のタイトルは「花嫁からのダンス」。先にお話したように、私は花嫁としてこの国に留まることになりました。ですから、切手というかたちで複製された「花嫁からのダンス」が時には飛行機に乗って海を渡り、世界のどこかの誰かさんの家に届けられてそこに留まることを想像すると、なんだか自分の人生そのものの運命をたどっているようで、ますます嬉しい気持ちになります。


一般販売された切手の図柄として採用された「花嫁のダンス」

デザイン大国のイメージが強いフィンランドですが、「アーティスト」に対しては、どのような価値観や他者の目を感じていますか?

そもそもフィンランド人の多くはそこまで僕らはデザインの国だ!とは思ってないように思うのです。見たり使ったりする消費者たちは、さらに気が抜けているかんじで商品を手にとっている気がします。いい意味でぼんやりとのんびりと、自然にデザインに接していますし、デザイナーという職業の人を特別視したりもてはやす雰囲気はあまりありません。これはフィンランド人が、日本に比べて他者をあまり干渉しないよう心掛けている人々だからかもしれません。ですからアートや、アートを職業にしている人に対しても同じようなアプローチです。例えば私に対しても「あなたは絵を描いているのね(そっとしておこう)」みたいな。特別視も偏見も特に感じることはないということです。

ではフィンランドにおいて、デザイン(デザイナー)とアート(アーティスト)の接点や境界線はどんなところにあると考えますか?

もちろん人それぞれですが、フィンランド人デザイナーやアーティストの多くは、デザインとアートに境界を置いて活動していない、と感じさせる人が多いです。私みたいに頭でっかちで真面目なタイプからすると、なんていうか皆さん柔軟ですね。いつもすっきりしたクールな作品を作っているデザイナーが、アート活動のほうではワイルドな絵画作品を制作していたり。クライアントの存在しない状況で自らの意志で作った作品(アート)と、クライエントに頼まれて制作した作品(デザイン)との違いを見ると、その人の感性の陰と陽を見ているようで面白いです。その意味で、1人の人間がいろんなジャンルにまたがって作品を発表している状況は素敵だなと思います。

例えば本業がヴィジュアルアーティストであるイェン二・ロペ(Jenni Rope)さんは、アートとデザインの世界を行き来するフィンランド人の良い例ですね。数年前にマリメッコから、イェン二さんの絵画作品のイメージを出来るだけ残したワンピースシリーズが発表されたのは興味深かったです。切り取られた絵画作品のイメージが布に転移され、ワンピースという形で製品化されたのを見て、そんなチャレンジをするフィンランド人作家の柔軟さや、その機会を与えたマリメッコという企業側の柔軟さを思い知らされました。

この国で今日デザイナーとアーティストの境界が曖昧なのは、もしかしたらムーミンの作者で知られるトーヴェ・ヤンソン(Tove Jansson)の影響があるのかもしれません。彼女は自身の職業を画家だと言っていたのに対し、世間は彼女を商業的なイラストレーターとして理解していました。 そういった一人の作家の葛藤が、結果的に今のフィンランド美術界に独特の柔軟さを生んだのかもしれません。ただやっぱり、誰かに頼まれその誰かの要望に応えるように作るデザイン活動と、自らの意思で誰にも縛られることなく作品を作り出すというアート活動とは、目的や役割が違います。私自身は、今回の切手プロジェクトのように企画者と自分の作品のコンセプトがうまくかみ合うなら、今後も挑戦していきたいと思っています。


真由実さんが大切にする、トーヴェ・ヤンソンと評伝とイェンニ・ロペの監修した作品集

"Family Tree II" シリーズより、”Another Tove / もう一人のトーベ” 300x400mm/Mixed media on canvas/2015【撮影:ニーラネン・久富 真由実】

ところでフィンランドの一般家庭では、インテリアとして部屋にアート作品をよく飾ったりするものなのでしょうか?

もちろん好きな人は、惜しまずお金を出してオリジナル作品でも買うでしょう。そして日本より自宅が大きいので、絵画やオブジェなどを飾れる場所も多いのは事実です。ですが、いわゆる美術市場は決して大きくはありません。ではフィンランド人の自宅の壁には何があるのか?私が観察している限りでは、家具やインテリアのDIYのように、自分で(あるいは家族、友人が)作った作品を飾ってあるという自宅が意外と多いように思うのです。フィンランドでは、退社時間後や休日に時間を持て余している社会人が気軽に通えるような市民学校が、とても充実しています。買えないのなら自分で作っちゃえ、というフィンランドらしいエコ志向や手作り志向の文化が、少なからず美術市場にも影響を及ぼしているというわけです。

最後に、フィンランド国内のおすすめ美術館を3つあげてください!

まずは観光地としても定番ですが、ヘルシンキにあるデザインミュージアム(Designmuseo)です。やはりフィンランドはデザインの質が高く、何度行っても楽しいですね!
デザインミュージアム公式サイト

二箇所目は、今年3月にレジデンスで招聘してもらい、一ヶ月滞在していたマンッタという街の私設美術館、セーラキウス(Serlachius Museot)。この地に木材工場を誘致して富を築いた一族の創立した美術財団を母体とした、フィンランド有数の規模を誇る私立美術館で、のんびりとした田舎街なのにフィンランドのファインアートの歴史的な名作(現代アートまで)を一気に見られる、最高の場所です。
セーラキウス美術館公式サイト

3つめは美術館ではないのですが、パリッカラというロシアとの国境に近い街の郊外にある、彫刻公園(Parikkalan Patsaspuisto)です。ヘルシンキからも遠くて行くのが大変な場所なのですが、本当に恐ろしい数の彫刻作品がお庭にぞろぞろと存在しています。フィンランドの美しい夏の風景と共に芸術作品が楽しめる場所なのでお勧めです。
パリッカラ彫刻公園サイト


美術財団を作った一族がかつて生活していた屋敷を改装したセーラキウス美術館

インパクトのある人型の彫刻がこれでもかと並んでいるパリッカラ彫刻公園

ニーラネン久富 真由実(Mayumi Niiranen-Hisatomi)

http://mayuminiiranenhisatomi.fresh.li/

TEXT : こばやしあやな

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